「今日、何回『すべき』って言いましたか?」
勉強すべき、運動すべき、家族を大切にすべき、もっと頑張るべき。
全部、正しく聞こえますよね。
でも、ふと気づくと、頭の中が「すべき」でいっぱいになっていること、ありませんか。
「べき」が多い人生は、自分の人生じゃない
心理学者のカレン・ホーナイは、こうした状態を「べきの専制」と呼びました。
自分の中に「べき」が積み重なって、その全部に応えようとすると、人はどんどん疲れていくんです。
朝起きた瞬間から、夜寝るときまで、見えない宿題に追われているような感覚。
「もっとちゃんとしなきゃ」「これくらいできて当たり前」と、自分で自分を急かしてしまう。
心当たり、ありませんか。
その「すべき」、本当に自分の声ですか?
実は、私たちの「すべき」の多くは、自分自身の願いではないんです。
親の言葉、学校で教わったこと、社会の空気、SNSで見かけた誰かの暮らし。
そういう外からの声が、いつの間にか自分の声みたいに聞こえるようになっているだけ、ということがよくあります。
「いい母親であるべき」「ちゃんとした妻であるべき」「年相応にふるまうべき」。
並べてみると、どれも他の誰かが決めた基準のような気がしてきませんか。
よく耳を澄ませてみると、それは本当に、あなた自身が望んだことだったのかどうか、少し怪しくなってくるはずです。
紙に書き出して、一つずつ聞いてみる
おすすめしたいのは、今日の自分の「すべき」を、紙に書き出してみることなんです。
頭の中にあるうちは、ぼんやりして大きく見えますが、文字にすると意外と小さなことだったりします。
そして一つずつ、こう問いかけてみてください。
「これは、本当に私がしたいこと?それとも、誰かの声?」
たぶん、半分くらいは「誰かの声」なんじゃないかと思います。
その「誰かの声」を、そっと手放してみる。
捨てなくても大丈夫です。「今は脇に置いておく」くらいの気持ちで十分なんです。
それだけで、肩のあたりがふっと軽くなるはずです。
まとめ
「すべき」を半分に減らせたら、人生は驚くほど軽くなります。
全部を頑張らなくて、いいんです。
本当に大切にしたいことだけを残して、あとは少し、置いていく。
これまで十分、いろんなものを背負ってこられたはずです。
ここから先は、誰かの声ではなく、自分の声を少しずつ取り戻していく時間にしていい。
今日からそんな小さな一歩を、自分のために踏み出してみませんか。
HAPPY NICE!
