「幸福とは何か」
その答えを、いつの間にか誰かに決められてはいないでしょうか。
いい大学に入ること。
いい会社に勤めること。
結婚して、子どもを持つこと。
そして、家を買うこと。
こうした道のりは、長いあいだ「正しい幸福のかたち」とされてきました。
でも、これは社会が用意したテンプレートにすぎないんです。
社会が用意した「幸福のテンプレート」
私たちは子どものころから、まわりの大人や世の中の空気を通して、
「こう生きれば幸せになれる」という型を教わってきました。
その型に沿って頑張ること自体は、決して悪いことではありません。
ただ、ひとつだけ立ち止まって考えてみたいことがあるんです。
テンプレート通りに生きて、本当に満たされている人は、どれくらいいるのでしょうか。
すべてを持っていても、虚しい人がいる
実際には、ほしいものをすべて手に入れたのに、なぜか心が満たされない、という人がいます。
立派な肩書きも、家も、家族も揃っている。
それなのに、ふとした瞬間に、胸の奥が空っぽに感じられる。
その一方で、特別なものを何も持っていなくても、毎日を楽しそうに過ごしている人もいます。
この差は、いったいどこから来るのでしょうか。
答えは、意外とシンプルなんです。
幸福は、条件の数で決まるのではなく、自分がそれをどう定義するかで決まる、ということなんです。
幸福は、自分で定義し直していい
では、あなたにとっての幸福とは、何でしょうか。
朝、ゆっくりとコーヒーを飲む時間かもしれません。
犬と並んで、散歩をするひとときかもしれません。
あるいは、ひとりで静かに本を読む夜かもしれません。
どれも、世間から見れば、小さなことかもしれません。
でも、自分の心が「いいな」と感じられる時間こそが、幸福の正体なんです。
人生の後半にさしかかった今だからこそ、誰かの基準ではなく、自分自身の基準で、幸福を選び直していいんです。
これまで真面目に積み重ねてきた時間が、その答えを、きっと静かに教えてくれます。
まとめ
幸福のかたちは、人の数だけあります。
社会が用意したテンプレートは、たくさんある選択肢のうちのひとつにすぎません。
大切なのは、世間の基準を一度わきに置いて、「自分は何があれば心が穏やかでいられるのか」を、
あらためて見つめ直すことなんです。
その小さな問い直しから、これからの人生が向かう方向は、きっと静かに変わっていくはずなんです。
HAPPY NICE!
