もう会社には行かない

幸福は、誰かに決めてもらうものではないんです

内向型カズアカ

私は今まで数多くの転職を繰り返してきました。40代後半で心身とも崩壊し失業を機に自分の生き方と働き方を見つめ直しました。その後、派遣社員となり、50代後半でアトピー悪化と網膜剥離の緊急手術となり強制終了。今後は、自分の価値観(自分軸)を優先して生きていくことを決意しました。

「幸福とは何か」

その答えを、いつの間にか誰かに決められてはいないでしょうか。

いい大学に入ること。

いい会社に勤めること。

結婚して、子どもを持つこと。

そして、家を買うこと。

こうした道のりは、長いあいだ「正しい幸福のかたち」とされてきました。

でも、これは社会が用意したテンプレートにすぎないんです。

社会が用意した「幸福のテンプレート」

私たちは子どものころから、まわりの大人や世の中の空気を通して、
「こう生きれば幸せになれる」という型を教わってきました。

その型に沿って頑張ること自体は、決して悪いことではありません。

ただ、ひとつだけ立ち止まって考えてみたいことがあるんです。

テンプレート通りに生きて、本当に満たされている人は、どれくらいいるのでしょうか。

すべてを持っていても、虚しい人がいる

実際には、ほしいものをすべて手に入れたのに、なぜか心が満たされない、という人がいます。

立派な肩書きも、家も、家族も揃っている。

それなのに、ふとした瞬間に、胸の奥が空っぽに感じられる。

その一方で、特別なものを何も持っていなくても、毎日を楽しそうに過ごしている人もいます。

この差は、いったいどこから来るのでしょうか。

答えは、意外とシンプルなんです。

幸福は、条件の数で決まるのではなく、自分がそれをどう定義するかで決まる、ということなんです。

幸福は、自分で定義し直していい

では、あなたにとっての幸福とは、何でしょうか。

朝、ゆっくりとコーヒーを飲む時間かもしれません。

犬と並んで、散歩をするひとときかもしれません。

あるいは、ひとりで静かに本を読む夜かもしれません。

どれも、世間から見れば、小さなことかもしれません。

でも、自分の心が「いいな」と感じられる時間こそが、幸福の正体なんです。

人生の後半にさしかかった今だからこそ、誰かの基準ではなく、自分自身の基準で、幸福を選び直していいんです。

これまで真面目に積み重ねてきた時間が、その答えを、きっと静かに教えてくれます。

まとめ

幸福のかたちは、人の数だけあります。

社会が用意したテンプレートは、たくさんある選択肢のうちのひとつにすぎません。

大切なのは、世間の基準を一度わきに置いて、「自分は何があれば心が穏やかでいられるのか」を、
あらためて見つめ直すことなんです。

その小さな問い直しから、これからの人生が向かう方向は、きっと静かに変わっていくはずなんです。

 

HAPPY NICE!

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